前回,研究室によって持っているgrantが異なることを書きました.そのため,
大学院生でかつRAの身分を持つ学生でも,待遇が違ったりします.
以下に,めちすけの周りに居た大学院生のRA事情を,こっそりと思いだしてみます.
個人情報もあるため,あんまり詳しく書く訳にもいかないので…
1.A君:都市環境工学専攻
A君の研究室の教授は,非常に優秀でかつ莫大な予算を持っていました.
しかし優秀すぎるが故に,持っているプロジェクトの数に対して,学生数がちょっと足り
なかった.
なのでA君は,自分の修士論文テーマとは別に,単にRAとしての仕事(学位に直接関係無い)
仕事に,大体30%弱程度の時間を使っていました.
とはいえ,それが仕事の幅を広げることに繋がったんでしょう.
博士課程で別の大学院に移り,もちろんアイオワ大研究室の教授とも良好な関係を保ち,
現在はコンサルタントとして順調なキャリアを積んでいます.
2.B殿:電子工学専攻
B殿の研究室の教授も,これまた非常に優秀でいわゆる"金のなる木"を捕まえていました.
当初は,研究室スタッフ人数(準教授・ポスドク)に比べ,学生数が少なかったので,非常に
濃密な教育を受けることが出来ていましたが,RAの給与は月$1,500程度.
その中から学費・生活費を出さなければいけないので,結構カツカツの生活だったようです.
ところが,ある時期を境に研究室スタッフ人数が急増,それに伴い学生数も増えました.
ある時期,とは,"金のなる木"が大玉の予算を落とした時期です.
この時期以後,B殿の給与は少し上がり,かつ授業料も出してもらっていたようです.
以前に比べ生活は楽になったようですが,予算増加に伴って研究結果に対するスポンサー
の期待も大きくなり,昼夜問わず研究室に来ていました.
3.C姉さん:応用数学専攻
C姉さんの研究室の教授は,ものすごーーーく良い人で優秀ですが,ちょっとボクトツ過ぎる
一面があったようです.なので,研究予算を取れている時期と取れていない時期の落差が
激しかった.
予算が取れている時は,RAとしての基本給与は十分貰っていたみたいです.
が
予算が取れていない時は,RAとしての基本給与すら貰えない程困窮していたので,
経営学部などの基礎数学等のTAをやって,何とか生計を立てていました.
"来季は予算がないから,給与のアテを探してきて…と,教授に言われてしまった"
などとボヤいていました.
4.Dアニキ:機械工学専攻
Dアニキの研究室の教授も,優秀でした.(まあ,アメリカの大学で研究室を主宰出来るん
ですから,大体の人が優秀です) 優秀が故に,授業も決して手を抜かなかった.
その教授は,毎春学期に工学部必修の授業を担当していました.
授業にも研究にも手を抜かない御仁ですが,1日は24時間しかない.
なので毎春学期,Dアニキは25%TA,25%RAという,微妙なポジションで仕事をしていました.
つまり,half time Assistantshipのうち,1/4をアイオワ大学から雇われ,1/4を研究室教授から
雇われる,という形態です.
しかし,1/4RAだからと言って,1/2RAよりも仕事をサボっていいわけではありません.
1/4TA & 1/4RAの形態は,あくまでも給与上の形態に過ぎませんから,1/4RAでも,1/2RAと
同等の仕事を要求されていたようですし,出来ないと結構厳しくケツを叩かれていたよう
です.
以上,4人のケースを思い出してみましたが,共通に当てはまるだろうなと思うことが
あります.それは,
"RAを経験することで,仕事に対する責任感・自分が貰うお金の重さが,痛い程分かる"
ということです.
仕事に対する責任感が無ければ,最悪研究室の教授にも迷惑がかかってしまうし,
自分の大学院生活もままならなくなります.お金が稼げないからね…
自分で,自分が所属する大学の社会において金を稼ぎながら,学位をとる.
これこそが,アメリカの大学院留学の醍醐味であり,これを経験して自国に帰ることこそが,
留学で得られる貴重な経験の1つだと思うのです.
大学院生でかつRAの身分を持つ学生でも,待遇が違ったりします.
以下に,めちすけの周りに居た大学院生のRA事情を,こっそりと思いだしてみます.
個人情報もあるため,あんまり詳しく書く訳にもいかないので…
1.A君:都市環境工学専攻
A君の研究室の教授は,非常に優秀でかつ莫大な予算を持っていました.
しかし優秀すぎるが故に,持っているプロジェクトの数に対して,学生数がちょっと足り
なかった.
なのでA君は,自分の修士論文テーマとは別に,単にRAとしての仕事(学位に直接関係無い)
仕事に,大体30%弱程度の時間を使っていました.
とはいえ,それが仕事の幅を広げることに繋がったんでしょう.
博士課程で別の大学院に移り,もちろんアイオワ大研究室の教授とも良好な関係を保ち,
現在はコンサルタントとして順調なキャリアを積んでいます.
2.B殿:電子工学専攻
B殿の研究室の教授も,これまた非常に優秀でいわゆる"金のなる木"を捕まえていました.
当初は,研究室スタッフ人数(準教授・ポスドク)に比べ,学生数が少なかったので,非常に
濃密な教育を受けることが出来ていましたが,RAの給与は月$1,500程度.
その中から学費・生活費を出さなければいけないので,結構カツカツの生活だったようです.
ところが,ある時期を境に研究室スタッフ人数が急増,それに伴い学生数も増えました.
ある時期,とは,"金のなる木"が大玉の予算を落とした時期です.
この時期以後,B殿の給与は少し上がり,かつ授業料も出してもらっていたようです.
以前に比べ生活は楽になったようですが,予算増加に伴って研究結果に対するスポンサー
の期待も大きくなり,昼夜問わず研究室に来ていました.
3.C姉さん:応用数学専攻
C姉さんの研究室の教授は,ものすごーーーく良い人で優秀ですが,ちょっとボクトツ過ぎる
一面があったようです.なので,研究予算を取れている時期と取れていない時期の落差が
激しかった.
予算が取れている時は,RAとしての基本給与は十分貰っていたみたいです.
が
予算が取れていない時は,RAとしての基本給与すら貰えない程困窮していたので,
経営学部などの基礎数学等のTAをやって,何とか生計を立てていました.
"来季は予算がないから,給与のアテを探してきて…と,教授に言われてしまった"
などとボヤいていました.
4.Dアニキ:機械工学専攻
Dアニキの研究室の教授も,優秀でした.(まあ,アメリカの大学で研究室を主宰出来るん
ですから,大体の人が優秀です) 優秀が故に,授業も決して手を抜かなかった.
その教授は,毎春学期に工学部必修の授業を担当していました.
授業にも研究にも手を抜かない御仁ですが,1日は24時間しかない.
なので毎春学期,Dアニキは25%TA,25%RAという,微妙なポジションで仕事をしていました.
つまり,half time Assistantshipのうち,1/4をアイオワ大学から雇われ,1/4を研究室教授から
雇われる,という形態です.
しかし,1/4RAだからと言って,1/2RAよりも仕事をサボっていいわけではありません.
1/4TA & 1/4RAの形態は,あくまでも給与上の形態に過ぎませんから,1/4RAでも,1/2RAと
同等の仕事を要求されていたようですし,出来ないと結構厳しくケツを叩かれていたよう
です.
以上,4人のケースを思い出してみましたが,共通に当てはまるだろうなと思うことが
あります.それは,
"RAを経験することで,仕事に対する責任感・自分が貰うお金の重さが,痛い程分かる"
ということです.
仕事に対する責任感が無ければ,最悪研究室の教授にも迷惑がかかってしまうし,
自分の大学院生活もままならなくなります.お金が稼げないからね…
自分で,自分が所属する大学の社会において金を稼ぎながら,学位をとる.
これこそが,アメリカの大学院留学の醍醐味であり,これを経験して自国に帰ることこそが,
留学で得られる貴重な経験の1つだと思うのです.
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